子供の頃、夜に爪を切ると母に強く窘められた。「夜爪は親の死に目に会えない」と言うのだ。親の死に目に会えないのは親不孝だ。臨終の場面には居たい。子供心にそう思っていた。
しかし、爪を切りたくなるのは大抵夜だ。お風呂から出て眠るまでの間、ふと、伸びた爪に気付いたりする。
義母がクモ膜下出血で倒れたのは、30年前の真冬だった。義父からの知らせを受けて、神奈川に住んでいた義弟を都内の我が家に呼び寄せた。夫と義弟と私の三人で、翌朝一番の飛行機に乗る。私は夕食の支度をしたが、夫も義弟も私も喉を通らない。私は無駄にならないよう三人分の弁当を作った。荷造りをし、順番に風呂に入り、明日に備えて寝ようとしても、皆眠れない。おもむろに義弟が起きて、その辺にあった爪切りでパチン、パチンと爪を切り始めた。
「あっ、弟君、ダメ」
「えっ?何で?」
「だって…夜中だから」
義弟は怪訝そうに私を見た。私は夫に助け船を求めたが、夫も訳がわからない様子だった。もしかしたら夜爪の言い伝えなんて、私の田舎だけなのだろうか?
義弟が「どうして爪切っちゃいけないの?」と食い下がるので、私は仕方なく
「だって、夜に爪を切ると親の死に目に会えないって言うから…ただの迷信だろうけど、一応止めておこうね」と、努めて明るく話した。でも義弟は少し青ざめて、爪を切るのを止めた。
それから私達三人は、暗闇の中で横たわっていた。
夫が先に寝息をたて、義弟も眠ったのだろうか。不眠症の私は眠れない。出発の夜明けまで、ほんの少しだけでも眠りたい。飛行機で眠ればいいのだろうが、高所恐怖症なのでそれも無理そうだった。
夜中の2時を過ぎた頃、電話のベルが鳴り響き、慌てて受話器を取った。
電話は義父からで、その憔悴した声に私は全てを悟った。
「そこには皆が居る?」
「皆、ここに居ります」
「そげか。あのなあ、母さんがのう、母さんが…」
眠ったはずの夫と義弟が、起きて座っている。
「母さんがのう、いけだったわ。医者さんは、だいぶ長いこと、心臓マッサージしてごしなったけど、なんぼあげなことしたってのう、どうもならんが。もうあれは、戻ってこんかったけんのう」
義父が何を言っているのか、私にはさっぱり解らなかったけれど、お義母さんが亡くなった事だけは解った。夫と義弟が横で「おふくろは?どうなの?」と口々に騒ぐので、無言で夫に受話器を渡した。夫がすぐに嗚咽したので、義弟も察してわあわあと泣いた。
「僕が、知らないで爪を切ったから。僕のせいだ。僕のせいだ。」
「爪なんて関係ないから。弟君のせいじゃないよ」
私は爪を切る度に、あの日を思い出している。
そう、あれは迷信。朝でも夜でも、爪なんかいつでも好きな時に切ればいいのだ。
義母は早死にしたと思う。私も夫も義弟も、義母の享年をとうに追い越した。
今年、母と父が立て続けに亡くなり、どちらの死に目にも会えなかった。義父の時も恐らく会えないのだろう。
ずっと、夜に爪を切ってきた私。
迷信なんか信じない私。
だけど、本当は、親が死ぬのが怖かった。
親が死ぬのを見たくなかった。
ごめんなさいお義母さん。
ごめんなさいお母さん。
ごめんなさいお父さん。
ごめんなさい。