あめゆきをとって

仮題と下書き

喫茶 ひと粒の種

NHK短歌10月号の「うたびと横丁」というページに、私のお店も開店させていただきました。

 

これは読者が、1/3ページを自由に使って短歌のお店を開くという、一風変わった企画なのでした。

何しろどのようなお店にしても、オーナーの自由との事なので、私は文字数の許すかぎりの歌を連作にして載せたいと考えました。

連作は10首ほどを詠みましたが、前書きと7首で文字数いっぱいでした。

なので7首自選し、あとは編集のほうで数首はカットされるのだろうと思いましたが、全て掲載されていたので良かったです。

 

連作「喫茶 ひと粒の種」は、私が18歳の実景を歌にしたものです。

上京した私は直ぐに穢れていきましたので、本当は無かった事にしたい過去ですが、忘れる事も美化する事も出来ず今に至ります。

数年前、その場所はもうすっかり変わってしまったのを確認したのに、亡霊のような記憶がどうしても消せないのです。

さびれた商店街、長い長いアーケード、古の昭和‥

歌にすれば昇華してくれるかも知れない‥

一縷の望みをこめました。

店名がどうしても決められず、何なら実在した店名そのままつけたろか‥とも思いましたが、無難に筆名にしました。

気まぐれに筆名がたくさんあるのも困ったものですが、今回は役に立ちました。

 

 

 

 

喫茶 ひと粒の種

 

1980年代、東京のとある商店街に実在した、喫茶店の歌を詠みました。いつしか商店街は寂れ、店は無くなりましたが、色褪せた記憶が今も私を苦しくさせるのです。

 

不倫する人が呼び出す喫茶室うすい珈琲ソファーは合皮

 

テーブルにある占いの丸いやつ百円ぽっちの恋の顛末

 

ソーダ水の中はなんにも通らずに偽物色のチェリーがひとつ

 

禁煙じゃないから店は臭くってナポリタンだけは美味しかったね

 

どの顔も仮面をつけて舞踏会バブルの波に乗れない人も

 

古のインベーダーが半世紀生き延びている茶店のテーブル

 

懐かしくはなくてただただ恥ずかしいだけの昭和がまだ此処にある

 

NHKテキスト「NHK短歌」10月号P50 掲載