#電光掲示板短歌 の #おしな歌き に投稿した。
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— あきやま (@kiyama_Co) 2020年12月17日
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即詠は苦手なのに、昭和の食堂のお品書きを見てイメージが膨らみ、すぐに詠めた。だから歌の出来は良くないかも知れない。それでも構わない。今日もまた、死んだおかあの歌だ。思い出がこんこんこんこん湧いてきて、おかあの歌ばかり詠んでしまう。おとう?…おとうの歌はもう、出し尽くした。
母は私に「好き嫌いせず何だりかんだり食べろ」と言いながら、自分の方が酷い偏食だった。夜明け前に起き、朝食も摂らずに市場で働いて、昼は市場の食堂で中華そば。夕食も小盛りのご飯一膳を、少々のおかずで食べていた。母の好物はホヤとナマコで、他の家族が誰も食べない活きたナマコを、内臓を出して薄く切り、酢醤油で嬉しそうに食べていた。ホヤやナマコに栄養なんて、あったのだろうか。
そういえば、祖母(母の母)もナマコが大好きだった。独り暮らしの冷蔵庫に、よくナマコが入っていた。祖母が亡くなる前、入院中の病室に行くと、ラップをかけたナマコの小皿があった。「おらが家の嫁が差し入れてくれた」と、嬉しそうだった。
祖母は何でもよく食べるから太っていたが、少食で偏食の母は年々痩せこけていった。
母は生涯、中華そばとワンタンを好んで食べた。
近くの「うちのや食堂」の中華そばは、昔ながらのラーメンの見本のような醤油ラーメンで、実家で出前をとると言えば、「うちのや食堂」の中華そばだった。何しろ近いので、出来立て熱々である。うちのやのおばさんは、母が嫁に来た頃からの仲良しで、私の記憶にも仄かに残っている。何かと良くしてくれて、困った時にいつも助けてくれたと母から聞いたことがある。おばさんは早くに亡くなった。息子さんが後を継いで、今もお店は続いているはずだ。
毎週日曜になると、母は独り暮らしの祖母の家に行く。
私はそれに同行する。祖母の家は退屈だが、他に遊びに行く所もないからくっついて行く。運が良ければお小遣いが貰えるし、お昼は外食。母の気分次第では洋服屋さんやケーキ屋さんに立ち寄るかも知れない。
お小遣いや洋服は滅多にない事だが、お昼は必ず中華そばかワンタンだった。祖母の家の近くに馴染みの店があり、それ以外の店には行かなかった。
祖母は「たらふく」が好きで、よく連れて行ってくれた。「たらふく」の麺は強い縮れ麺で、あのような麺を余所では見たことがない。そして、麺の量がとても多いので、母と私で半分づつ食べる。そのようにシェアするのをこの店は嫌がらなかった。そして、メニューが中華そばだけなのに、常に満席の人気店だった。
ワンタンは「みらく」という店で、ここは伯母の家に近かった。
「みらく」のワンタンも唯一無二のもので、似たものはどこを探しても食べられない。極薄のひらひらとした皮と淡麗なスープが特徴的で、もみ海苔がたっぷりかけてある。おばさんと美人の姉妹で切り盛りしていた。私が小学生の頃から一人で食べに行く事もあるほど、馴染みの店だった。
ある日、客が私ともう一人の男だけだった時の事。
男がワンタンを食べながら、何やら文句を言い出した。
「何だこれは。肉が全然入ってないじゃないか」
「肉、入ってますけど」
「ただの皮ばかりじゃないか。こんなんで、金をとるつもりか」
余所者なのだろう。この美味しさがわからないなんて変な人と思いながら、私はワンタンを食べた。
口論はしばらく続いていたが、やがて「お代はいいから、もう帰って」と、おばさんは男を追い出し「気分悪くして、ごめんねぇ」と、子供の私に謝った。
お金、貰えばよかったのに。ただ食いの常習犯かも知れないし…そう思ったが、子供なので黙っていた。
あのおばさんも早くに亡くなって、「みらく」は娘さん達が跡を継いだ。
今「みらく」はどうなったのだろう。東日本大震災の前はあまり帰省しなかったし、震災後は街が様変わりして、更にわからなくなってしまった。
「みらく」よりも薄皮の、「はなふく」という人気店があり、その「はなふく」の暖簾分けなのか、よく知らないけれども「福」というお店が出来て、ここが母のお気に入りとなった。
母と「福」に行くと、店の奥さんは母の顔を見ただけで「小盛りでしたよね」と言った。
母はきっと、最後の晩餐にもこのワンタンが食べたかっただろう。
四十九日の法要の後、姉が聞いた。
「何が食べたい?お寿司?鰻?それともワンタン?」
「ワンタン、ワンタン!」
「ワンタンかあ、ずっと食べていないなあ…」
姉は、母が亡くなってから「福」の前を通る事さえ、辛くて出来ないのだと言う。
「じゃあ、行こうよ。三人で行こう」
私達は、「福」のワンタンを食べた。
美味しかった。
こんなうんめえものは、何処を探しても見つからない。
東京で評判のワンタンをいくつも食べたけれど、宮古のワンタンより美味しかった事が一度もないのだ。
「あー、うんめぇ。おかあも食べたいべね」
「今、匂いを嗅いでるかもね」
私は殊更にはしゃいで、うんめぇうんめぇとワンタンを啜った。
姉と弟は、黙って食べていた。泣いてしまいそうなのを堪えながら。否、おそらく二人とも泣いていた。
きょうだいと黙って啜るワンタンの湯気に亡母の笑顔が滲む / タンポポ