あめゆきをとって

仮題と下書き

泣いた祝言の日のこと

あれは、私と姉がまだ小学生の時だった。

近所のよろずやさんの長男が結婚する事になり、そこのお母さんとうちの母が親しかった縁で、姉に雄蝶雌蝶(オチョウメチョウ)の大役が回ってきた。

雄蝶雌蝶というのは、新郎新婦に三三九度の酌をする子供の事で、祝言があると親戚や近所でちょうどいい年頃の男子と女子を探して任命する。姉は何度かやった事があり、私はまだ一度もなかったから、私だってやりたいのにと酷く拗ねた。

祝言の日、母はどこからか二人分の晴れ着を調達してきて、姉と私に着せた。私は姉のおまけとして付いて行った。

うちは商売で朝から晩まで忙しくしていたから

「ひとさ迷惑ばかけねえんだがえ」と、母は私達に何度も言い聞かせ、式場である料理屋に私達をおいて店に戻った。

もちろん、ひと様に迷惑をかけるつもりなどない。可愛い着物を着せてもらったのは嬉しいけれど、姉は頭にお団子の付け毛をのせ、髪飾りをたくさん付けたのに、私はひとつだけだった。仕方ない。姉は雄蝶雌蝶の大役、私はただの金魚の糞だ。

お嫁さんは都会から来たらしく、この辺では見たことのないべっぴんさんだった。私は糞だから、遠くから見るしか出来ないけれど、本当に綺麗なお嫁さんだった。新郎には妹が二人いて、私は二人をよく知っていたけれど、この日は何だか二人とも機嫌が悪かった。お嫁さんがあまりにも美しく、皆がちやほやするのが面白くないんだろうか…等と、小学校にあがったばかりの私は想像していた。

姉が、知らないどこかの男の子と二人で無事に大役をつとめ上げ、宴会となった。

宴席には男衆ばかりで、女子供は炊事場に近い小さな部屋に押し込まれる。テーブルに仕出し弁当が並んでいる。地元で有名な料理屋さんの、名物の大きな玉子焼きが入っている。

とても美味しそうだけれど、私は少食なので困ってしまった。姉に小声で

「ねえ、お弁当、半分こしよう」と頼んでみたが、姉は首を橫にふった。姉は「自分の家でもない場所で、勝手には出来ないのだから、頑張って食べなさい」と言った。

それはそうなのだけれど…

お弁当を改めて見てみると、とても全部は食べきれそうにない。玉子焼きだけでもう、お腹いっぱいになりそうだった。

姉は黙々と食べ始めた。私も、玉子焼きをひと口、ふた口食べていると、新郎の下の妹がやって来て

タンポポ、それ全部食べなさいよ。残すんじゃないよ」

と言った。

それが私には、とても意地悪く聞こえたのだった。

目頭がツンと熱くなり、涙が溢れたと思うと、ぽろぽろ零れて止まらない。

泣きながら姉に「もう帰りたい」と訴えた。姉が家に電話してくれたのか、それとも偶然か解らないけれど、程なくして母がやって来た。

母の顔を見て、私はほっとして泣き止んだ。けれども、私だけを連れて帰るその道すがら、母はかんかんに怒っていた。

「おめさんは、何て事をしでかしたのや。お目出度い日に泣きっつめかいて、縁起でもねえ。おら、おもっさげがねえが」

「だって…だって…」

「やっぱりおめさんは、連れで来ねえば良かったがね」

本当に来なければ良かったと、私も思う。

母に嫌われ、新郎にも、新郎のお姉さん達にも嫌われてしまっただろう。

あの、綺麗な、お嫁さんにも。

 

祝言から間もなく、この夫婦に男の子が生まれた。

けれども、新郎だったお兄さんは若くしてガンになり、あっけなく死んでしまった。

お嫁さんは、実の親と不仲らしく、実家に戻らずに婚家に留まり忘れ形見の男子を育てた。

息子を亡くしたショックで、伯母さんも早くに亡くなった。伯父さんは呆けて、長い間寝たきりだと噂に聞いた。二人の娘達の事は、何も知らない。

祝言の日に泣いた私は、あの家の禍だったかも知れない。

 

 

 

このお嫁さんこそが、今年の1月、母の葬儀にずかずかとやって来て、悶着を起こした人である。

あの人は、あれからどうなったのと姉に聞いても

「心臓に悪いから」と言って、何も教えてくれない。