信仰がない私は、何に祈ればいいのだろうか。
どんな神様だって、私など助けてくれないと思う。
信仰があれば
信じる神がいれば
きっと、今ほど苦しくはなかっただろう。
幼い頃、姉とふたりで初詣に行った。
私達は押し黙って足元を見ながら歩いた。慣れない草履で砂利道が歩きにくいのもあるが、私達の心は沈んでいた。
神社の鳥居の前で、私は姉にこう言った。
「私、もう神様に願い事なんかしないんだ。だって、願いが叶った事なんか一度もないもの」
姉は少し驚いたような顔をした。そして小さな声で
「私も」と言った。
すると側にいたおばさんが、いきなり声を張り上げた。
「アンタ達なんて事言うの!神様をそんなふうに言うなんて、このバチ当たりが!」
私達はその剣幕に驚いて顔を見上げたが、全然知らない人だった。
「どこの子供だろう?こんな立派な着物を着せてもらって、お参りに来ているっていうのに…」
と、心底呆れたように私達を眺め回した。
私は見ず知らずの人に叱られて、きまりが悪かったが
ふん、と知らんぷりをしていた。
その態度にますます呆れかえって、おばさんはブツブツ言いながらどこかに行ってしまった。
何も知らないくせに
アンタなんか、何も知らないくせに
あれから何十年も経った。
姉も、あの日の事を覚えているという。
子供の頃の私はいつも「お父さんとお母さんが、ケンカをしませんように」と
祈っていたのだった。
姉も、同じだと言う。
夫婦喧嘩というレベルではない父の暴力が、日常的にあった。
母が寝るのも惜しんで、働き詰めに働いて
私達にお揃いの、ウールの着物を誂えてくれた。
それが無駄遣いだと言って、大晦日の夜も家の中は荒れていたのだった。
神仏に祈る時、私は今でも心のどこかで
私の願いはどうせ、聞き入れられないと思ってしまう。
なので、自分以外の無事を願う。
私の事はどうでもいいので、どうかお願いしますと。