五十年も昔の事。生まれ育った小さな港町には、胸ときめくものが何もなかった。家庭が不和で、学校でも苛められる惨めな私。
祖母は隣の町に住んでいた。一人でとぼとぼ歩いていたら、ばったり祖母と出会った。祖母は何かを察したように「ユッコやん、お婆やんと一緒にあべ(行こう)」と言って、連れて行かれたのが喫茶店だった。
私はとても緊張した。薄暗い店内。テーブルを照らす橙色の灯り。ふわふわな椅子は赤い別珍張り。祖母はコーヒーとアイスクリームを注文した。お婆やん、コーヒーなんて飲むんだと少し驚いた。手持ち無沙汰な私は椅子を撫でながら、この異空間を眺めていた。
アイスクリームが目の前に運ばれて来た。足の付いた銀色の皿に、半球のバニラアイス。真っ赤なさくらんぼとウエハースが添えられている。
恐る恐る口にして、あまりの美味しさにうっとりとした。私は今、お姫様になる魔法がかかっているのではないかしら。リカちゃん人形のようなドレスを着て、夢のアイスクリームを食べて。
実際には姉のお古を着た見窄らしい私を、祖母はニコニコ顔で見ていた。
「うんめえが。どら、お婆やんさもぺんこけろ(少し頂戴)」
祖母にひと匙あげた後、私は大事に大事にアイスクリームを舐めた。
祖母はもう、とうの昔にこの世にいない。
店は、大津波が襲った場所に建っていた。
煌めく思い出のアイスクリームを、私はずっと忘れない。