あめゆきをとって

仮題と下書き

夫だったひとがしんだ

分割払いだった慰謝料の、最後の受け取りに行ったのは7月1日。

昨年秋に離婚が成立してからこの日まで、分割払いの慰謝料がきちんと支払われるだろうか?途中で逃げたりしないだろうか?と気が気ではなかった。そういう事をやりかねないひとだから。

あと半年で支払いが終わるという頃、私の弁護士から電話がかかってきた。

「相手方が、慰謝料の残額を一括で払ってしまいたいそうです」

「はあ、唐突な。でも、何のために?」

「それは、わかりません。しかし理由は何であれ、払うと言うものは払ってもらえばいいと思います」

それはそうだと思いつつ、一体どういうつもり?という気持ちが拭えない。

慰謝料を分割払いでと言ってきたのは、向こうだった。

だらだらと分割で払うよりも、サッサと終わりにしたいと思わないのだろうかと、不思議でしかなかった。

しかし、今度は全部払うと言う。こちらは、どうぞお好きにとしか言いようがない。

ところが、受け取りに法テラスに出向いて驚く。

支払われたのは残額全部ではなく、3カ月分相当額であった。残りがまだ3カ月分ある。

「何なんだろう。自分から全額払うと言っておきながら、この中途半端さは?」

憮然とする私の言葉を聞き流し、弁護士は尋ねた。

「相手方のSNSを、たまには見たりしますか?」

「いいえ、見ていません。気分を悪くするだけなので」

「そうですか」

と言った時の、弁護士の表情を私は見逃さなかった。弁護士は、続く言葉を発するのを止めた。

そしてこの翌月、また翌月も分割で支払われ、最後のお金を受け取ったのが7月1日午前11時。

弁護士は別の案件で不在との事で、若い女性事務員さんか応対した。

最後の領収証に署名捺印する。

終わった。

これで、本当に終わったのだ。

離婚調停成立の時とはまた違う、解放感でいっぱいだった。

事務員さんに挨拶をした。

本当にお世話になりました。

法テラスさんには、またお世話になるかもだけど、なるべくお世話にならないように生きてゆきます。

ありがとうございました‥

等と変な挨拶をして、変なテンションのままひとり、駅ビルの串揚げでビールを飲んだ。

あー、美味しい!

私はお酒に弱いので、ほろ酔いセットの中ジョッキ1杯でべろべろになる。

いいんだ。自堕落も、プチ贅沢も、今日だけはいいんだ。

この日、この時間、夫だったひとは、まだ生きていた。

夫だったひとが亡くなったと知ったのは、7月5日、娘からのLINEだった。

娘は、叔母(夫の弟の嫁)から訃報を受ける。携帯の番号など叔父にも叔母にも教えていないのに、いったいどうやって調べたのかと慄く。

夫だったひとは死んだ。

 

「相手方のSNSを、たまに見たりしますか?」

彼が、Facebookのアカウントを持っていたのは知っている。

昔、見たことがある。

買ったばかりのバイクの写真と、まだ若い愛犬の写真が載っていた。

文章を書くのが得意ではなく、飽きっぽい彼らしく、更新されないままのつまらないアカウントだった。

弁護士の言葉が引っかかる。

私は、Facebookを開いた。しかし、確かにあったはずのアカウントは消えていた。

おそらくは、自らの余命について、何かを書いた。

弁護士は、それを見たのかも知れない。

 

私を恨んで死んだだろうか。

何かを悔いて死んだだろうか。

聞いてみたいが、もう、その術もない。