あめゆきをとって

仮題と下書き

生きているうちに

らくがんを食べる砂糖の塊を食べる生きているうちに食べる/古賀たかえ

10.1 NHKラジオ深夜便 ほむほむのふむふむスペシャ穂村弘

 

私はこの放送を聴いていないのだが、Twitterに流れてきて、ああ、いい歌だなあと深く心に感じた。

そして1000文字くらいのテキストが瞬時に浮かんだので書き留めておく。私にとって良き歌とは、こんなふうにテキストが溢れてくる歌のことである。

 

私が子どもの頃のこと。

母方の叔父は、よほど商売が上手くいっていたのだろう。自宅の他に、大きな家を建てた。

その大きな家には、祖母がひとりで住んだ。

理由は嫁姑問題だったかも知れないが、そういう事情は子どもの私の耳には入らない。

自分の父親が嫌いな私はよく、祖母の家に入り浸った。父と不仲な私を案じながらも祖母は、私を受け入れてくれた。

私の方は、祖母が独りぼっちで寂しかろうと、祖母に寄り添ったつもりになっていた。

実際、祖母も少しは寂しかったのかも知れない。

他の孫たちは成長すると忙しくて誰も寄り付かず、オバーヤンオバーヤンと懐くのは私だけになっていた。

祖母の家には、大きな仏壇があった。

祖父は私がまだうんと幼い頃、重度の糖尿病で死んだ。

片足か、両足か、とにかく壊死した足を切断していた。だから、記憶の祖父はいつも床に臥していた。

孫が来ると横になったまま50円玉をくれた。50円は駄菓子が10個買えるから大金だった。

でも、祖父は死んでしまった。

祖父の写真はモノクロのピンボケばかりでいいのがないからと、祖母は祖父の肖像画を発注した。

出来上がった肖像画は、生前の祖父にあまり似ていなかった。

「高いお金を払ったのに下手くそだ。オズーヤンはもっといい男だった。禿げだけどな」

と、祖母は憤り、そのあとカッカッカと大笑いをした。

毎年のお盆の前には、私と従姉妹たちで仏壇飾りを手伝った。

お盆の時だけに使う花瓶や、お膳やいろいろな小道具を物置きから出し、洗って配置する。

それぞれの配置には何か特別な決まりがあるらしく、その作業は半日以上もかかった。

そして、提灯を持ってお寺に行き、蝋燭を灯して家に持ち帰り、仏壇の蝋燭に火を移す。

この一連の作業で、あの世の仏様の魂が、家に戻って来たという事になるらしい。

 

盆の入りにはどこの家でも皆が寺に向かい、同じように迎え火の提灯を下げた同級生とすれ違った。

だから子供の頃は、神も仏も信じて粛粛と行った。

帰宅して仏壇の蝋燭に提灯の火を移すと、祖母はやれやれと安堵して、大きな声で祖父に話しかけた。

オズーヤン オズーヤン

孫ガドーガ コレコレコンナニオガッターガ

オマブレンセ オマブレンセ

ワラスガドーヲ

孫ガドーヲ

マブッテケドガンセ

祖父の仏壇にはたくさんの供物が並んだ。

立派な西瓜に葡萄や桃、マスクメロン。そして大きな蓮の落雁

 

お盆が終わると、その片付けにまた駆り出される。

本当は、私だって面倒くさい。

従姉妹も、母も伯母達も忙しいと言って、次第に誰も集まらなくなった祖母の家。

楽しみだった果物は熟れ過ぎて、というよりも半ば腐っていて、それでも祖母は勿体ないと言うので一緒に食べた。

そして、落雁を貰って帰った。

田舎の落雁は大きくて、割るとほろほろと崩れた。当然のことながらとても甘い。

私の実家は緑茶を飲まない家だった。母と私はインスタントコーヒーにクリープと砂糖をたっぷりと入れ、甘い落雁をもしゃもしゃと食べた。

 

東京のお盆を含めた季節行事は、田舎のそれに比べておままごとのようにコンパクトだと感じる。

東京では新暦のお盆だから、8月が来る前に落雁は見切り品となる。

ワゴンに売れ残りの落雁がたくさんあって、ピンクの蓮の形をした小さな落雁をひとつ買った。

そして私の家の、おままごとな仏壇に供え、旧盆が終わってからそれを食べた。

すると田舎の落雁の味と、何かが違う。

ほぼ砂糖なのだから、違うはずもないのに、田舎のものと東京のものは何もかも、全てが何か違うのだ。

何かとは何か、わからないまま、私はもしゃもしゃと落雁を食べた。

食べながらふふっと笑った。

祖母が毎年、盆飾りを準備しながらオズーヤンオズーヤンオアゲンセと唱えていたのに、片づける時には

「なーにこんなもの。死んだら食べられるわけでもあるめえし。なあ?」

と、ぷんぷんしていたのを思い出したからだ。

お婆やん、それを言ったら、身も蓋もないじゃないの。

私はそう思いつつ、何も言わずに笑った。

私のお婆やんは、愉快な人だった。

 

お婆やんは私が結婚した翌年に亡くなった。

私が東京に嫁ぐのを嫌がったお婆やん。この結婚を止めてくれと、母に頼んでいたお婆やん。

そんなお婆やんにさえも、私は何ひとつしてあげられなかったね。

 

初七日の法要の膳の里芋が美味しくて泣く お婆やんごめん/佐々木優美子

2019/05/27(毎日歌壇/伊藤一彦選)

 

生きているうち

そう、生きているうちに。

後悔しないように、何でもしようと思う。

決して諦めたりせずに。