あめゆきをとって

仮題と下書き

ラーメンとワンタンと母のこと

松本零士のその漫画を読んだのがとても昔なので、うろ覚えだが時々想い起こす事がある。そう遠くない未来の主人公が、宇宙の旅の途中で、大好物のラーメンを美味しそうに食べるシーン。

その頃ラーメンは合成ラーメンで、合成ですら貴重な食べ物となっている。本物のラーメンは、もうない。

でも闇ルートでは本物ラーメンも存在し、主人公は思いがけず出会う本物の味に、涙を流してラーメンをすするのだ。

子どもだった私は、合成のラーメンしか食べられないなんて、未来が来るのは嫌だなあ…等と思った。

今、インスタントラーメンは進化し生麺の味に近づいて、主人公が食べた合成ラーメンってこういう感じ?と思う。

そして、地球の破滅も近づいていて、環境破壊する人類が地球を捨てて、宇宙への旅に出る未来が現実と化している。

スペースシップの中で、宇宙飛行士達は合成ラーメンを本当に食べていた…

 

繰り返し書くが、私の母はとても少食で、偏食も酷かった。

同じく少食偏食で身体の小さかった私に、もっと食べろ食べろと言い続け、私の好き嫌いは無くなり身体も大きくなり過ぎたが、母は痩せ干からびたままであった。

私達が子どもで父がまだ元気だった頃、我が家では家族揃って食卓を囲む事は無かった。

まず父が居間でお酒を呑む。その日の主菜副菜がおつまみになる。

縦のものも横にしない父の指図を受けながら、母には座る暇も無い。

会話はほとんど無い。父が口を開くのは何かしらの不満を大声で怒鳴るだけだから、無い方が平和だった。

食卓で私達が食べる。

父が嫌いだし、怒りの矛先がいつこちらに向くか解らないので、無言で急いで食べて姉も弟もそれぞれの部屋に引きこもる。

食事を済ませ、テレビの野球中継も終わって父が2階の寝室に上がってから、やっと母は夕食を食べていた。

 

母は食卓で、小さな身体を余計に縮こませ、もそもそ食べた。

残りもの、というより母は、本当にろくなものを食べなかった。ご飯はお茶碗半分ほどに味噌汁とお漬物。沿岸なので、ほぼ毎日がお刺身だったが、母は食べない。焼き魚か煮魚か、煮野菜をほんの少し食べた。

牛乳やチーズは、体質に合わないと言って食べない。

家庭科で習った、1日に必要な栄養素やカロリーは全く摂れていなかったから、私は母が早死にする事を怖れた。

けれど、何でも食べ過ぎていた私の方が難病に罹り、母が結果的には長生きをした。

病院通いで忙しかった私が、何度母に聞いても

「おらは、どっこも何ともねえ」と言った。

(実際には骨粗鬆症で、薬は出ていたのだけれど)

ひとりになった母は、家で好きな時に好きなものを食べ、好物というのがホヤやナマコに酢醤油で、栄養的にどうなんだと思うが、それよりも何よりもラーメンとワンタンが好きだった。

母は、お天気が良ければシルバーカートを押しながらてくてくと、町の中華屋へ向かった。

お店の人ともすっかり顔なじみで、座ればいつもの小盛りが出てくるという。

そして歯のない母は、チャーシューだかナルトだかを最後に口に入れて、モグモグ咀嚼しながら帰って来るのだと本人が楽しそうに言うので、苦笑いするしかなかった。

半世紀以上も母は、週に2、3度はラーメンやワンタンを食べていたと思う。

あんな偏食で、よく長生きできたものだと思いながら私もラーメンを啜り、ふと思う。

母が食べるのは、いわゆる中華そばで、今どきのラーメンではない。

麺は国産小麦、出汁は昆布と煮干に鶏ガラの澄んだスープ、チャーシューも脂の少ない赤身肉で、ナルトは魚すり身、メンマは筍、ネギ、ホウレンソウ…

あら?本物のラーメンって、結構バランス栄養食じゃない?????

しっかり高カロリーでもあるから、1食をラーメンにする事で母は、少食偏食でも長く生きられたのかも知れない。

 

和洋中華と何でも食べて、栄養バランスにもそれなりに気をつけていた私。

元夫は好き嫌いもあり、ラーメンつけ麺が大好物だったが、好みは私と違い背脂チャッチャ系こってり濃厚スープでニンニク増し増し。

そう、ニンニクが身体に良いと信じてやまない元夫、呼気からも毛穴からもニンニク臭。娘がクッセー!!と激怒して家中の窓を開けて大喧嘩になったっけ…(ノД`)シクシク

ニンニク…入れると美味しいけどね…

めっちゃ臭いよね…

 

 

話が逸れた。

元夫が深刻な病気になり、それが私の料理のせいだったかも知れず、いや違う、そもそも私の手料理を嫌ってほぼ毎日呑みに出てたし酒だろ酒。

などと、ひとり食事の度に思い返しては悲しくなる。

悲しくはなるけれど、ひとりを選んだのは自分だ。 

 

盛岡のラーメンはどこも美味しい。

ひとりで食べても美味しいから、誰かと食べればもっと美味しい。

母と、食べたかったな。