私は桜が好きだ。
君は桜が好きか。
桜を嫌いな人など、いないかもしれない。
そんな事はない。私は桜が大嫌いだと言う人も、勿論いるだろう。
桜が嫌いな時期が、私にもあった。
別れと桜が結びついていた頃、桜が咲くのを見ただけで泣いた。
その悲しみも時の経過と共に薄れた。桜があまりにも綺麗だったから。
大病をして記憶を少し無くしているから、思い出しながらこれを書いている。
故郷の臼木山の桜。
宮古小学校の桜。
盛岡城址公園の桜。
石割桜。
松江城のお堀の桜。
娘が通った学校の桜。
上野の桜。
目黒川の桜。
鎌倉の桜。
谷中の桜。
ああ、長く生きたからこれまでいろんな桜を見たけれど、あと何回、どこの桜を見られるのだろうか。
来年も、再来年も桜を見られると思うのは、大間違いだ。
昨年の1月に岩手で倒れ、3月に退院して東京に戻って来た日。
車で不忍通りを走った。街路樹の桜が満開だった。
私はしみじみと車窓から花を眺めた。
この桜が、もう見られなくなるところだったのだ。
思えば私はいつの頃からか、桜を見る度に(これが最後の桜)と思うようになっていた。
さくら
さくら
やよいのそらは
そうだ君は、皇居の桜を見た事があるか。
なければ見ておいた方がいい。
一度は必ず見た方がいい。
いつか見たい?
いつかなんてダメだ。今年の桜がもうすぐに咲く。
日本人タルモノ、否、世界中の誰デモ
(私ハ、右デモ左デモナイ)
私も何とかあと少し生きて、今年も九段の桜を見たいと思う。
皇居のお堀
あそこに行けば
あの、花筏の行く先で
この世に、もう
いなくなった
人たちに
会える
ような
気が
する