あめゆきをとって

仮題と下書き

わたしの城下町

住む場所を自由に選べる。それが実現するならば、私はどこに住むだろう。

 

高校を卒業し、東北の港町から上京した私はこれまでに、東京都内を8回引っ越した。

いつもお金がないから高い賃貸物件には住めなかった。安さにはそれぞれ訳があって、住まいに満足したことは一度もない。

そして当時は、敷金2礼金2仲介手数料1が相場であった。家賃ひと月分も含め、5万円の物件に引っ越すためには30万円が必要になる。

1980年代、世の中はバブル景気でも、私はますます貧しくなった。正真正銘の引っ越し貧乏だ。

結婚願望が強かった私は、とある永久就職を目論み首尾よくいきそうだった。しかし、ある日相手が突然こんな事を言った。

「うちの母が君に改名して欲しいと言っている。母の姓名判断によると、君の名には一つ所にじっとしていられない要素があるらしい」

母と言いながら、自分の要求でもあるのだろう。冗談はよし子さんだ。頭のおかしい連中とこれ以上関わるのは御免なので、即破談にした。

それを後悔した事はない。しかし今になって思えば、一つ所に留まらないというのはあながち間違いではなかった。

 

私の勘はよく当たる。けれども時々大外れをする。

夫の故郷の島根県松江市を初めて訪れた時、私はきっと、この地で暮らすようになる。そんな予感があった。

松江は城下町で、堀川の流れが美しい。夕暮れ時の宍道湖の眺めは素晴らしく、清らかな街だった。

でも紆余曲折あって、松江で暮らす可能性はゼロに近い。

 

何のしがらみもなく、たった一人で暮らせるとしたら何処へ行こう?

私の好きな岩手県盛岡市も、城は無くなったがれっきとした城下町である。私は城下町が好きなのかも知れない。

盛岡に住みたい。ずっとそう思っていた。盛岡には姉も弟もいる。

市の中央を三つの河川が流れているが、一番好きなのは中津川だ。

川縁には可憐な草花が咲き乱れている。セキレイが羽ばたいている。川の水は澄み、小さい魚が群れをなして泳いでいる。

この中津川沿いを、私は毎日散歩したかった。

しかし盛岡の冬を体験し、ここに住むのを諦めた。凍てついた街はこんなにも寒いのかと、音をあげてしまったのだ。

よくよく考えたら、私は盛岡の春と夏と秋しか知らなかった。

じゃあ私はどこに住めばいいだろう?東京にはもうウンザリだ。ずっと東京に住んで居たら病気になる。否、もうなっている。

東京の利点は今や、東京に居なくても享受出来るのだ。

引っ越しにかかる費用も、昔よりリーズナブルになった。

現実的に考えて、広い部屋は要らない。ワンルームの清潔なひと部屋。モノも要らない。ビジネスホテルのシングルのような設えがあればそれで良い。

徒歩圏内に図書館は外せない。

難病を患う身なので、大きめの病院がないと困る。

その他には居心地の良いカフェと、美味しいお蕎麦屋町中華屋が一軒づつあればいい。

少し高台で、崩れそうな山が近くに無くて、昔ながらの小さな市場や商店街で土地の野菜や魚を安く買いたい。

空気はきれいに越したことはない。月や星や風や樹木に自然を感じながら、穏やかに生きていたい。

 

先日、姉が松本を旅して

「とても芸術的で素敵な街だった。あなたも行ってみたら?絶対に気に入ると思う」

と言うので、すぐさま松本に行きたくなった。

松本の冬は、やはり寒いのだろうか。

松本も城下町だ。もしかして私の前前前世は姫か?まさかね。奥女中あたりかも知れない。

そういえば私は、東京以外の土地をあまり知らない。

だからこれからもっと旅に出ようと思う。住みたい街を見つける旅に。

私の城下町を探しに。